自分、人間向いてないんで

社会不適合者の人生消化試合ブログ 生きるの向いてない

実家と関わりたくない

合うと共鳴するのは周波数であって、波長があっても周波数が同じとは限らないので「波長が合う」という日本語はおかしい。……と言うと波長が合わない人と思われるのはおかしい。どうでもいいですね。

さて一度帰省しなければならない用事ができたのでうつ病になっている。元からだけど。私は特に母親と波長が合わず別居している父親の方に行くため厳密には帰省ではないが、どちらにしても実家とは関わりたくないなと思っている。

私の母親はかなりの曲者で私と父が一緒には暮らせないと判断して家を出た家庭崩壊の主因となった人間である。おそらく何らかの障害か疾患を抱えていると思われるが、父は「母は頭がおかしい」と言いながら触らぬ神に祟りなしと結局は何もせず、妹は母と共依存のような状態になっていて私にはどうしようもなくなっている。父の対応は私が精神疾患を患うことになった原因の1つだが今はそれは置いておく。いずれにせよ今厄介なのは妹の方である。

私と妹は好対照な人物である。私が桂木桂馬とすると、妹に似ているキャラはいないと思うけどロマンティックラブイデオロギーに染まった酒好きのパリピを想像してもらえれば良い。まあそれゆえ妹とは話が合わないことが多いのだが、特に母のことに関してはそうである。妹は良くも悪くも慈悲深いところがあり母のような人間でも見捨てられず実家に住み続け、私がたまに帰省すると母と話し合うように言ってくる。母は昔から私にはもちろん妹にも不機嫌になると八つ当たりするしさっさと見切れば良いのにとは思うものの妹はそんな性格なので母を受け入れてイネイブラーと化している。そんなわけで妹ともあまり関わりたくない。

私はゼミとかを除けば議論は基本的にするだけ無駄だと思っている。理由はただ単に意見の異なる人間同士はどんなに話し合っても絶対に理解し合えないと信じているし面倒なので。もう少し具体的に言うとどんなに論理的に正しく考えてもその人にとっての公理が異なれば結論も異なるので意味がない。そして実際に個人の持つ公理は異なると考えている。

まず公理とは何かWikipediaによると「その他の命題を導きだすための前提として導入される最も基本的な仮定」である。要するに証明する必要もない(仮定された)明らかな事柄のことである。そして公理から出発して得られた結果を定理や系などという。

幾何学と聞いて多くの人が思い浮かぶのは義務教育や高校で習うユークリッド幾何学だと思う。ユークリッド幾何学には5個の公理があって、

  1. 第1公準 : 点と点を直線で結ぶ事ができる
  2. 第2公準 : 線分は両側に延長して直線にできる
  3. 第3公準 : 1点を中心にして任意の半径の円を描く事ができる
  4. 第4公準 : 全ての直角は等しい(角度である)
  5. 第5公準 : 1つの直線が2つの直線に交わり、同じ側の内角の和が2つの直角より小さいならば、この2つの直線は限りなく延長されると、2つの直角より小さい角のある側において交わる。

となっている。5個目は平行線公準と呼ばれ要するに平行でない直線は1点で交わる(平行線は交わらない)ということである。

ここで注意してほしいのがあくまで公理は証明されていない仮定であるということである。つまり正しいとは限らない。

この5個目の公理はあまり自明ではないため他4個から導ける定理なのではないか(平行線問題)と考えられ証明が試まれたが否定的に解決された。さらに平行線が交わるとしても矛盾しない幾何学体系ができることがわかった。これが曲面上の幾何学といわれる非ユークリッド幾何学である。

さてユークリッド幾何学(平面上)で描かれた三角形の内角の和は180°という定理がある。しかし非ユークリッド幾何学ではこれは成立しない。例えば球面上に描かれた三角形を考えてみてほしい。具体的な数字はともかく180°でないのは直観的に明らかだろう。

また、北極点を中心としたメルカトル図法の地図を考えてみてほしい。そして北極点から南(任意の方向だが)へ1km移動してから東へ1㎞北へ1㎞移動してみてほしい。どこにいるだろうか?北極点から1km離れた点だろう。しかし地球を完全な球だと考えて同じ操作を行ってほしい。そうすると北極点に戻っているはずだ。

これらはやっていることは同じなのに結果は異なっている。そして操作はどちらも間違っていない。これはユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学で公理が異なるため起きる現象だ。そしてどんな理論体系を選びそれが無矛盾だったとしてもそれは公理の正当性を保証しない。私が異なる公理(つまり価値観など)を持つ人同士が議論しても無駄だというのはそういうことである。どんなに論理的に正しい思考をしても出発点が異なれば結論は一致しない。

さて長くなったが本題に戻ると私と妹の価値観は全く異なるものであり、それらは公理として採用しているものが違うからだと考えている。たとえば妹は家族とはどんな人間であろうと仲良くすべきだし話し合えば出来ると考えているようだが、私は血縁に基づくシェアハウスの一形態で生物学上の親子であろうと無理なものは無理といった感じである。妹の主張は彼女にとっては自明な定理(あるいは公理)かもしれないが私にとっては突然非ユークリッド幾何学では三角形の和は180°とは限らないといわれるようなものである。これは私と妹のどちらかをユークリッド幾何学の話をしているかを入れ替えても成り立つ(ちなみに相対性理論によるとこの世界はむしろ非ユークリッド幾何学の方が近いらしいが専門外)。私の主張はあくまでも採用している公理が異なるとそれらから得られる定理なども異なるということである。

また母ははっきり言ってしまうと学習障害や軽度の知的障害なのではないかと思うことがあるくらい奇異に映る思考をする。価値観が人それぞれ異なるのは当然ではあるが、母の場合は命題の逆裏対偶とその真偽の関係すら理解していないのでそもそも論理的な思考が成立せず、その行動や価値体系は他者から見て全く不合理なものである。例えば電気代の節約のためになぜか1時間せいぜい300Wのエアコンを使わず1200Wのハロゲンヒーターを1日中使うなどほとんど奇行と言っていいことをしている。私や父がエネルギー効率の説明をしようと聞き入れずヒステリックに逆切れし始めるので手に負えない。いずれにせよ私にとって理解出来ない人には変わりない。

たかが実家の愚痴を言うためだけに公理だの非ユークリッド幾何学だの言い始める人は多分どんな家庭に生まれても親と仲良くできないだろうが、とにかく私は帰省したくない。本当はヴィトゲンシュタインの話とかも入れようかと思ったけど疲れたのでこのくらいで終わりにする。とりあえず私はただアニメ見てゲームして漫画読んで寝るだけの安穏とした日々を送りたい。それだけ。