自分、人間向いてないんで

社会不適合者の人生消化試合ブログ 生きるの向いてない

リク・ラク・ラ・ラック・ライラック

微妙に間空いたけど一応生きてます。まあ特に何かしていたというわけでもないけれどとりあえずモニターが修理から帰還した。自分のPCを使えないのは辛いもので1万年と2千年くらいに感じた。
ネギま全巻読み終わった。私もマギステル・マギ目指そうと思った。ネギの正妻は明日菜かと思っていたけど後半から千雨が巻き返してきて意外だった。まあ突っ込み役として適任だったけれど。物語の根幹に関わるし。どうでもいいけどこのキャラソン気に入った。面白かったので気が向いたら真面目に感想書く。設定とか調べるのでとんでも記事になるかもしれない。いや、うん、端的にいってかなり気に入ったのだよ。

はっはっはー 他人のPCは使いづらいものなのだよ、かがみ

まあ適当に。

10巻出てたので。そういえばアニメ化決まったらしい。

タコスといい全員恐ろしい。牌譜作者が考えているらしいけど大変そう。

怜-Toki- (6) (ビッグガンガンコミックス)

怜-Toki- (6) (ビッグガンガンコミックス)

 

無邪気な怜ちゃんかわいい。

壊れたモニターはAmazonダンボール買って修理に送ることにした。何でも売っているな密林。しかし自分のPCをしばらく使えないのはなんだかなあ。モニター買っても良いが最低でも4万くらいか……うー。

あと教授が「どうせお前暇だろ。もっと論文(英語)送るから読め」と宿題増やしてきてうつ病になった。元からだけど。誰か助けてくれ。今の状態は教授に話すべきなのだろうか。でも話しても元から病院行っていないだけでうつ病とかその他色々だったわけだしあまり意味ないような。とりあえず今読んでいない分から片付ける必要がある。つらい。

モニターが壊れました

最近は5日ほど精神状態が悪く寝込んでいて、まともに食事を摂らなかったため貧血状態になって死んでたりめまいとふらつきがひどく部屋で3回ほど転倒したけれど私は元気です。この状態を元気というのかは知らない。まあそんな感じだったのでここ数日の記憶があまりなく主観的には日付が数日飛んでいて3月下旬になっていることに困惑。PCを付けて少ししたらモニターが故障して画面に何も映らなくなって、サポートに連絡したら送ってくれとのこと。箱は捨ててしまったのでモニターが入るような箱がないし修理に10日ほどかかるらしい。捨てたのは私の判断ミスだがどうするかなこれ。これを機にデュアルモニターやろうかと思っているけれど確か4Kゲーミングモニターは最低でも27インチが主流で机に乗せるのが厳しい気もする。まだちゃんと調べていないけれども。それからぶっ倒れている間に大学が書類出してくれとメールしてきていたけれどそんな状態だったので気付かず先ほど重い体を引きずって外出して提出。ついでに仕方ないので暫定的に学校からWin機を借りてきた。私が研究室に住んでいるという噂が流れたせいか来年度は配属される人が少なく余っているので問題ない。別の意味で問題だけど。しかもこの記事はMacで書いているので借りてきた意味微妙だけど。いやまあMacはゲーミングマウスが使えないので。あとFirefoxvバグっていてアドオンのせいかもしれないけれどあまり触らないので原因究明できていない。とりあえずしんどい。岬ちゃん助けに来て。

アニメキャラは覚えられるけれど

ネギま読んでる。リアルでは高校のクラスメイトの苗字すら半分も名前を覚えられず、フルネームで言えたのは数人というレベルで人の名前を覚えない私だがネギまキャラ全員暗記チャレンジを敢行する。特に意味はない。


【シングル発売記念】ハピマテマラソン【ハッピー☆マテリアル】

カラフルハッピーマテリアルゴー!言いたかっただけ。というか15年前なのかこれ。恥ずかしながらリアルタイムでは見ていなかった。まあ当時小学生だけど。私が見たことのある最古の作品はCCさくら辺りだと思うけど00年代前半オタク強いな。そういえばローゼンメイデンとか今どうなってるんだろう。私は原作読んでいたのでまあ何とかなったけどアニメ3期(?)は初見殺しだった記憶がある。

 

ひきこもっていて特にイベントもないので今飲んでる薬の感想でも書く。

パキシル 

抗うつ薬SSRIは睡眠が浅くなるのがだるいけど飲まないと治らないので仕方ない。

ドグマチール

胃薬。抗うつ効果は正直よくわからない。お腹が空く。飲まないと食欲ないから良いけど。

アゴメラチン

日本では未承認の比較的新しい抗うつ薬。飲むと動けるようになるので効果はわりかしあるらしい。

メイラックス 

何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安が和らぐ。わりかし良い感じ。

ソラナックス 

同じく安定剤だけど効果はいまいち。

リリカ

元は鎮痛薬だが海外の研究で全般性不安障害に効果があることがわかった薬。わりかし落ち着く。

レスタス

長時間作用ののんびりした安定剤。効いているのかわかりにくいが飲まないと駄目になるので効果はあるっぽい。

マイスリー

睡眠薬。効果はあるけど眠れないときもある。

ハイプロン

黒とオレンジのカプセルが禍々しい海外で使われている薬。単独では効果はいまいち。マイスリーで寝れないときに足す感じ。

正直今月の前半とかは精神状態が悪く希死念慮などが湧いてきて駄目で1日の大半をベッドの上で過ごしていたけれど、まあ2週間くらい廃人と化して就活などをフルスイングで太陽系の外へ投げ捨てて薬飲んで寝ていたらわりかし良くなってきた。とりあえず学校に通えなくなると全てが破滅するのでそれを回避するのが最優先事項。まあ多分春学期は週1登校になるけど。ほぼひきこもりですね。いやまあ修論書くためには結局家で勉強しないといけないんだけど。春休みは今のところザコメンタル発動して死んでいたので論文も読んでないし色々やばい。

えんいー

だが男だ


「デレステ」バベル (Game ver.) 神崎蘭子、二宮飛鳥 SSR


僕の性別について。

私はデレステだと中二病神崎蘭子や二宮飛鳥、同志の杏やザコメンタルのりあむ、ヤンデレ佐久間まゆ辺りが好きだが、飛鳥の中の人の青木志貴性自認が男とか言っていて笑った。別に悪い意味ではなくまあ何かぶっ飛んだカミングアウトキタ――(゚∀゚)――!!みたいな感じで。リアルボクっ娘なのは知っていたけど。あと環境って大事だなと思った。

ブレンダと呼ばれた少年

ブレンダと呼ばれた少年

 

そういえば結構前に読んだ本なので内容はうろ覚えだけれど、性同一性が先天的か後天的なものかという問題については男性として出生したが割礼手術の失敗により性転換手術を受け女性として育てられたデイビッド(ブレンダ)・ライマーの例がある。まあ詳細は本かリンクを読んでもらえれば良いので雑に書いておくと、手術の失敗後両親がどうするべきか悩み、当時ジェンダーアイデンティティの権威で性別は後天的なものであると考えていたマネーという性科学者に相談し、性転換手術をして女性として育てるのが良いという提案を受け改めてブレンダと名付け女性として育てることにしたものの、結局ブレンダは自身を女性として認識することはなく最終的に男性として生きることを選択した。まあそんな感じ。

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以下ただのネタ。昔つり乙などの影響で女装してみようと思ってメイド服やスク水Amazonで探してみたけれど、私は身長が180cmあるため着れるサイズがなく男の娘にはなれなかった。ウェストはおそらく70もなく(サイズが合わないので正確には不明)なのでスカートとかは多分履けるけれどシャツとか上がない。自慢したいわけではないというかこんな変態が自慢したところで何にもならないが、私は比較的手足が長いらしく男性用のXLですら袖や裾の丈が短いことがよくあって服を探すのが難しく、まして女性物となると当然ほぼ皆無になる。女装するにはみゃー姉みたいに生地買ってきて自作するしかないか。ゴスロリとか良いよね。手先の器用さにはわりかし自信があるのでミシンがあればやってみせる。変な方向でやる気出すな変態。最近(?)は性別はグラデーションとかいうらしいけれど、私の場合は昔から所謂男なら男らしくあるべきとかいった考えはなくむしろ強要されるのは嫌っていたけれど生物学上の性別に違和感は特にないしまあ中性よりではあるかもしれないが男性であると判断して良いと思う。むしろ女装という男にしかできないことをしようと考える辺り最高に男らしいといえる。もちろん美少女になれるなら今すぐにでも転生して百合百合したいけど。なぜリアルはキャラデザができないのか。ひどいよ……こんなのあんまりだよ……。

増える積みゲー、虚無の就活

ゲーム買いに秋葉原へ行った。珍しく午前中から行ったので時間あったしネカフェに入ったんだけど、秋葉原では普段行かないのでオートロックなのを知らず鍵を部屋に置き忘れて戻れなくなるというトラップが発動した。その後適当に漫画読んだりしていたらいつの間にか寝ていて夜になっていた。TRADERに行ってONE~輝く季節へ~とかにしのを買った。エロゲってAmazonのリンク貼れないみたいなのな。あとWin8.1のOSも買うつもりだったが時間がなかったので断念した。まあ近いうちにまた行くだろうからそのときでいいや。ネットで買うという手もあるがあまり気が進まない。

そういえば結局インターン行かなかったの笑える。去年申し込んだのは葬式で行かなかった。あとそれとは別に1ヶ所行こうと思っていたけど、参加するにはまずその企業のサイトへ登録してさらにそのサイト内からインターンに申し込むマトリーショカ形式になっていて、1つ目の箱を開けたところでインターンに申し込んだつもりになっていて当日の日付が変わったころになって気付いて行かなかった。ゴミ過ぎる。正直もう就活どうでも良くなってきた。山谷行けば何とかなると信じることにする。

マスクが個人輸入代行サイトでも売ってなくてやばい。私は毎年花粉症とかで買ってあるのであと1.5箱くらい残機はあるけれど。外出しないし今のところ私は花粉の方がしんどいけど持つかな。

高3のとき大学受験に失敗して死のうと思っていた話

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ようやく家に帰ってきた。色々疲れた。

親と会って希死念慮が湧いてきたりして思い出したけど私は高3のとき国立大を前期後期両方受けて前期は不合格で後期も出来が悪かったので不合格を確信していて合格発表を確認したら自殺するつもりだった。まあ結局死ねなかったので今こんな記事を書いているんだけど。まあただの昔話。多分長くなる。

私は受験というものは全く駄目だった。最初は高校受験に遡る。

高校受験を直前に控えた中3の冬、私は母親と志望校について連日もめていた。もめていたというのは控えめな表現で、実際は勉強の妨害や人格否定などずっと嫌がらせを受け続けていた。

まず背景を書いておくと、前にも書いたかもしれないが母は昔から幼少時の私や妹に暴力を振るうなど色々人間性に問題があった。両親は不仲で父はほとんど家にいることはなく、たまにいたとしても特に何もしなかった。結果的に志望校について過干渉な母と私が真っ向から衝突する形になった。

私の両親は共に大学を出ていないが、特に母は全く勉強に対して理解がなかった。さらに悪いことに自分が苦手だったためか勉強が出来ることは悪だとすら考えていた。また母は入試のシステムを理解しておらずどういうわけか私が入試本番で満点を取ろうが絶対に志望校に受からないと思い込んでいた。もちろん説明はしたが「お前は頭がおかしい」などと一切聞く耳を持たなかった。私が反発すると食事や受験費用などを出さないと脅し(食事は実際に何回か抜かれたし逆に私から拒否することもあった)、とにかくゴミみたいな自称進学校を受けるように強要してきた。一応言っておくと模試で十分に第一志望を狙える得点を出していたがその事実も無視された。数ヶ月に渡ってもめた後、結局私は度重なる嫌がらせに折れてゴミ自称進学校に出願し合格した。本番ではわざと全科目0点を取って落ちてやろうかとも思ったが、入学辞退すれば良いと思い普通に受けてしまった。入試の得点開示では得点率95%で難化した年だったので(問題が異なる国立私立など一部を除いて)志望校どころか全ての高校に十分余裕を持って受かる水準だった。このとき我を通さなかったことは人生で最も後悔していることの1つである。まあそんな感じで私の高校受験は終わった。

進学先だがやはりろくな実績はなく浪人して東大へ行った人が1人いた程度だった。授業もレベルが低く聞く意味が全くなかった。そんな状況だったので学校に行く意味が感じられず日々積み重なっていく鬱憤から人付き合いも全くしなくなった。2/3以上出席していれば良いことを利用して入学早々不登校気味になり、自分で勝手に参考書で勉強するようになった。このころ親には大学進学自体反対されて「大学落ちろ働け」とか言われていたが意に介さず勉強し続けた。私は中学のときに英検2級を取り準1の勉強もしたりしていたが、それよりもこの頃が人生でもっとも勉強していた時期だろう。

しかし高校が全くあてにならないことや高校受験には参戦していない中高一貫校のレベルの高さを考えるとどんなに勉強しても不安は消えなかった。実家は相変わらず強力なストレッサーだったし、模試で上位者表に載ろうが学校で受けた進研模試(自称進学校の証である)で偏差値80代を出そうが焦燥感は日に日に増していった。結果として私は睡眠時間を3,4時間程度まで削るようになった。当然デスマーチは続かず寝なくなったのが先か眠れなくなったのが先か多分同じくらいだったが今思うと1年の終わりごろには完全に不眠症になっていた。またこのころから(10歳くらいのときからよく死にたいとは考えるようになっていたが)希死念慮が24時間続くようになりノートの見開きのページが死にたい自殺したいとかその他解読不能な文字で埋め尽くされるようになる。現在通っている病院ではこの時点で病気だと言われた。今思えば治療を受けるべきだったが当時の私にとって死にたいという感情は小学生時代から存在する普通の感情だったこともあり脳に何らかの異常が発生していると気付いていなかった。小学生のころから自分の頭を殴ったり首を絞めたり、中学くらいでは抜毛癖などが出るなど無意識に自傷行為をしていたのでストレスにはある意味慣れていたからだと思う。

またこれは余談だがいつの間にか私は学内で意図せずして有名人となっていた。同級生には学校にろくに来ないのに成績が良いやつ、教師には入試の最高得点者なのにさぼり魔で授業中は内職しているか寝ている問題児といった感じだった。

いずれにせよ私は何も治療を受けずそのまま2年生になった。不眠や希死念慮は相変わらずだったが遅刻して午後から行ったり授業中に寝るなどして何とかなっていた。しかしこのころには些細なことでイライラする、1日中気分が沈みやる気が起きない、参考書を開いても集中できないなど明らかにパフォーマンスが落ちていた。それでも高校受験の二の舞は避けたかったので机には向かい続けた。しかしそんな状態だったので成績は1年のときより芳しくなかった。

3年になると教室にも受験ムードが漂い始めた。しかし私の精神衛生は悪化の一途を辿り、何でもないのに涙が流れ出したり新しい事項を記憶したりすることが困難になっていた。おそらく海馬にダメージが行ったのだろう。比較的理屈で何とかなる数学や物理はまだマシだったが暗記がものをいう化学は壊滅的だった。春に受けた模試で浪人生が混ざるのもあり、ただでさえ不調なのに成績が大幅に下がり偏差値が河合塾の模試で60を割った。また不合格だと嘘を言えば良いだけで悩む必要はなかったのだが、私は志望校に合格したいが大嫌いな学校の合格実績には貢献したくないという二律背反に陥りストレスに拍車がかかった。親は相変わらずで浪人などは論外だった。高校生活は完全に時間の無駄だったし精神もおかしくなったのでさっさと中退しなかったのは人生において高校受験に並ぶくらいの後悔である。

まあそれはともかく、私の精神状態は改善することなくむしろ悪化しノートにただひたすら死にたいと繰り返し書くだけの日々を過ごし、演算能力を失ったままの状態で入試の時期を迎えた。おそらく3年生のときにもっとも多く書いた言葉は「死にたい」だろう。結局ろくに勉強は進まずまともなところは受からないのはわかっていたので死ぬ計画を考え始めた。ただその前に1つだけやると決めていたことがあった。自分の受けたい大学を受けることである。当時の私にとって行きたかった高校を受けなかったことは一番大きな後悔だった。なので行きたいと思えるような大学を受けて死にたかった。結局、あるいは案の定というべきかセンターはお世辞にも良い結果とは言えなかったが、当時の私にとっては合格することではなく受験することが目的なので点数は関係なく国立は(特定されそうなのでぼやけさせてほしいが)前期後期共に地方旧帝に出願した。まあ後期は東大京大落ちがやって来て前期以上に勝負にならないのはわかっていたがそれでも良かった。私はようやく受けたい学校を受験して死ねる。それで十分だった。方法は苦痛がなく成功率の高い首吊りと決めていた。ネットで自殺方法を調べたりしていると自殺妨害サイトなどで家族が悲しむといった話などを見たが、私は家族が原因で希死念慮を抱くようになったので何も響かなかった。むしろ世間的に不名誉だし良い復讐になると考えていた。相変わらず母は私に嫌がらせを続けていたがどうでも良かった。

その後前期の不合格を確認して後期の受験が決まった。自分の番号がない画面を見ながら高校受験で黙って志望校を受けていれば違ったのかなとか無駄なことを考えた。後期の勉強はやはりろくにできなかった。やろうと思っても何も頭が回らなかった。当然後期も不合格だった。

不合格を確認した当日の夜、私は自室のクローゼットのドアにベルトをかけて首を吊ろうとしたが思ったより吊る位置が低いというミスに気付いた。やる前に気付きそうなものだが当時の私の頭はまともに働いていなかった。仕方がないので足が地面に付く非定型と呼ばれるタイプで死ぬことにした。首吊りは脳に血液を送る頸動脈と椎骨動脈を圧迫し意識を失うようにすれば良いので成功率は下がるが必ずしも全身が宙に浮く必要はない(首絞めは椎骨動脈は塞がれず窒息死になるという点が異なり苦しい)。しかし非定型でも死ぬことは出来なかった。できる限り体重をかけてみてもむせるだけで意識が飛ばない。何度も体勢を変えたりしながら試みたがどうしても上手くいかず自分は死ぬことすら出来ないのかとひどく落胆したことを覚えている。

その後は前にも書いたけど何もやる気がなく滑り止めへの進学も拒否しニートとなったが、結局家にいるのが嫌で進学することにして模試を受けたら意外と成績が良かったので図に乗って京大実戦受けて撃沈したりしながら適当に大学受けて爆死して滑り止めの今いる微妙な大学、大学院へと進学した。

総括として私には文化的再生産を跳ね返すだけの能力はなかった。まあ両親共に大学は出ていないので多少はマシになったのかもしれないが。私は高1くらいまでは学業面では優秀だったと思うし、実際(親以外には)そういう評価を得られていた。しかしそのくらいしか長所はなく高校で自らの手で演算能力を破壊してしまったので今は何もないただの産廃である。文化資本があって精神疾患を患うことがなければ適当な所に受かっていたとまでは言わないが、それでも結果に関わらず納得して終わることは出来ただろう。しかしそれは叶わず今の大学に進学してからは全てが無価値に思えてアニメを見てゲームして合法ドラッグで遊ぶ虚無の日々を送るだけだった。学部時代に全く勉強しなかったので院試も院死したが、なんだかんだで最終的に二次募集で引っかかって現在に至る。今は高校時代ほどは希死念慮は強くないがまあ安楽死施設があったら行くだろうなという感じ。まあ私は生まれてくるべきではなかったんだよ。